1970年代

1974年11月 目黒区五本木に株式会社環境設備センターを設立

1974年11月 目黒区五本木に株式会社環境設備センターを設立

東急東横線 祐天寺駅から徒歩10分、目黒区五本木の古びた一軒家で株式会社環境設備センターは事業を開始致しました。社長含め5名の当時は、日々忙しく現場を駆け回り、事務スタッフも不在。社長夫人が幼子を背中に毎日電話番をしていたそうです。会社のシンボルマークも社内検討していたようで…。
70年代の古き良き時代の香りが漂いますね。

1979年05月 中目黒にオフィスを移転、技術研究所を開設し、計量証明事業を開始

1979年05月 中目黒にオフィスを移転、
技術研究所を開設し、計量証明事業を開始

順調に推移する業容に伴い、目黒区中目黒駅のほど近く、目黒川沿いにオフィスを移転拡張致しました。春は桜が綺麗な場所ですが、当時の治水は現代に遠く及ばず…。大雨の際には度々目黒川が氾濫し、オフィスにまで浸水した事もありました。当時を知る人の話では、雨が降ってきたと思ったのも束の間、あっという間に道路が冠水したとか。また、この時期から本格的に新卒の社員を採用し始め、この年は22名を迎えたそうです。元々社員は10名程度、ということは1名の先輩に2名の新人という状態ですから、さぞ大変だったでしょうね。

1980年代

1984年09月 目黒本社ビル竣工

1984年09月 目黒本社ビル竣工

旧オフィスから徒歩8分、目黒区青葉台の交差点ほど近くに、地上3階地下1階を有する初めての自社ビルを建てました。屋上は開放感ある気持ちの良い場所で、社員がプランターを置いて、観葉植物の他、野菜やいちごを育てていたそうです。また、オフィスには有線放送が常に流れていて音楽を聴きながら仕事をしていたとか。春はご近所の福砂屋さんのおいしいカステラを買って、目黒川沿いで花見を楽しんだそうです。

1984年10月 建物設備の24時間遠隔監視サービスを開始

1984年10月 建物設備の24時間遠隔監視サービスを開始

下水接続率の進展に伴い、主軸業務のひとつである浄化槽のメンテナンス業務は、徐々に取り扱い数が減少していく傾向にありました。この頃、急速に増えていったマンションをターゲットに、建物設備の24時間遠隔監視サービスを開始。建物設備と当社を電話回線で接続し、異常時には自動発報、すぐに急行して対処するというサービスです。より具体的には、水道水を貯める屋上タンク設備の異常で水が使えないというようなトラブルに、24時間対応するサービスです。アムコン24というブランド名を付けたのもこの頃。
今では日常的に用いられるこのシステム、当時はマンション水回り設備への適用は珍しいものでした。
社員がデザインしたというお揃いの派手なペイントカーで、日々忙しく東京都内を駆け回っていました。

1986年04月 水質検査の採水サービスを開始

1986年04月 水質検査の採水サービスを開始

マンションの屋上などに設置されている飲料水貯水用タンクの採水サービスを開始。
これまでも、検査分析、報告書発行までの業務は行っていましたが、これに採水を加えることで、入口から出口まで全てを一貫して行える体制を整えました。
採水サービスを専門に行う女性を中心とした36名のチームを結成し、各戸に配水される蛇口より採水を実施しました。このサービスは、現在の水質分析事業の主軸である飲料水検査の拡大に大きく貢献し、現在も採水スタッフが日々活躍しています。

1987年10月 「アムコン株式会社」に社名変更

1987年10月 「アムコン株式会社」に社名変更

会社創立10年の節目を機に1984年より社内でスタートした「C.I.計画」。その中で定められたサービスブランド「アムコン」は「快適さと便利さ(Amenity & Convenience)」をお客様に提供する技術者集団としての自負と責任を象徴するものとして社内に浸透していきました。このサービスブランド名の制定から3年、サービスブランド名と社名の統一を図るべく、社名を「アムコン株式会社」に変更致しました。
ロゴマークの特徴である目は「技術の目」と「信頼の目」を持ったアムコンの顔を表しており、同時に当時の主力業務であった24時間設備遠隔監視を通じて「お客様の設備を24時間365日、見守ります!」という意味が込められています。

1989年09月 ハワイへ社員旅行

1989年09月 ハワイへ社員旅行

「一流のサービスを肌で感じること」を目的にハワイへの社員旅行を実施。
ハワイ滞在中は高級ホテル「シェラトン」に宿泊、昼間はマリンスポーツや観光を楽しみました。
仕事の事も忘れていなかったようで、担当ガイドさんの自宅にお邪魔させて頂き、排水管の構造や当時の日本では珍しかったディスポーザーなどを見学させて頂きました。
海外への社員旅行はこの一度きり、やはりバブル景気という時代背景だったのでしょうかね…。

1990年代

1991年04月 ヴァルート脱水機の誕生

1991年04月 ヴァルート脱水機の誕生

創業社長の佐々木正昌が、10年の歳月をかけて完成にこぎつけたヴァルート脱水機を販売開始。
1994年にはアメリカ特許、翌1995年には日本特許を取得することができました。
販売開始にあたり最初に行ったことは、お客様に認知して頂くための広告宣伝活動。とにかく多数の展示会に出展し新製品のPRに力を注ぎました。しかし、いくら口頭で説明しても、何故この装置で汚泥の濃縮や脱水ができるのかを理解してもらうことは非常に困難でした。そこで秘策、現在では到底考えられないことですが、毎日下水処理場から汚泥を展示会場まで運び、会場で実際に汚泥脱水のデモンストレーションを行ったそうです。これらの活動が功を奏し、お客様からのデモンストレーション実施依頼が徐々に増え、日本各地を回る日々が続きました。

1995年09月 東京町田工場を横浜市港北区に移転

1995年09月 東京町田工場を横浜市港北区に移転

東京都町田市に構えていた工場を、町工場が多く集まる横浜市港北区新羽町へ移転致しました。
港北区は、戦後初期から農地を工場や倉庫に転換する土地利用政策が進み、特に鶴見川周辺には工場が集積し、横浜市の内陸工業地の一大拠点となりました。現在では、町工場の集積地というよりは、マンションや戸建が多く立ち並ぶ港北区ですが、今でも所々に町工場があり、溶接音や機械音などが聞こえてきます。

1996年04月 汚泥脱水発酵システム「デルコンポ」の製造販売を開始

1996年04月 汚泥脱水発酵システム「デルコンポ」の製造販売を開始

生活排水の処理から発生する汚泥を土壌肥料化し、汚泥の地産地消を実現する…。
創業者の念願であったこの思想は、デルコンポという汚泥脱水発酵システムとして全国の農業集落排水処理施設で具現化されています。
「処理場の既設建屋に入るコンパクトなコンポスト装置があったら、地域で汚泥を肥料化できるのに…。」
「コンポストにすれば汚泥を廃棄物として捨てるのではなく、地域で農地還元できるのに…。」
いくつかの市町村様から、このようなご相談を頂いたこともあり、デルコンポの開発は急ピッチで進みました。
しかし、現在の機械仕様となるまでの道のりは、まさに苦難の連続。当初は安定したコンポスト化が難しく、納入したデルコンポの対応に担当者が休みなく駆け回りました。この努力の甲斐あり、改良を続けたデルコンポは製品としての完成度も高まり、現在でも販売を続けるロングセラー製品となっています。

1997年04月 「ヴァルート脱水機 小規模下水道モデル」の製造販売を開始

1997年04月 「ヴァルート脱水機 小規模下水道モデル」の製造販売を開始

当社出展の展示会でヴァルート脱水機をご覧になられた日本下水道事業団 研究員の方より、「低濃度の汚泥を脱水できないか?」とお問い合わせ頂いたことがきっかけで小規模下水道モデルが誕生しました。
群馬県新治村のOD法の下水処理場で基本的な性能を確認するための基礎実験を経て、1995年に小規模下水処理場への適用を目的とした日本下水道事業団との共同研究が正式にスタート。
共同研究では、愛知県豊田市や群馬県中之条町にご協力頂き、延べ運転日数820日、運転稼働時間11,500時間に及ぶ長期実証試験を実施しました。この共同研究を通して「ヴァルート脱水機の可能性が広がっていくことを実感する日々は大変充実していた」と当時の担当者は語ってくれました。
2000年 7月には 日本下水道事業団の「機械設備 標準仕様書」にも掲載され、より多くのお客様にご利用頂くこととなりました。

2000年代

2003年04月 「ソラピー乾燥機」の製造販売を開始

2003年04月 「ソラピー乾燥機」の製造販売を開始

豪雪地域の山間部に位置する農業集落排水処理施設などでは、冬になると道が雪に閉ざされ脱水汚泥を搬出するための車両が施設まで来ることが困難になるそうです。その間の脱水汚泥は施設内に貯留する他なく、脱水処理後の汚泥容積を更に下げることが求められていました。
そこで当社では、農業集落排水処理施設などの小規模処理場に適合する小型の汚泥乾燥機の開発に着手。
開発当初は筒を縦に並べたタイプでテストを繰り返したものの、脱水ケーキの状態が悪いと乾燥機入口でケーキが詰まるなどの課題が露見し、何度も改良テストを繰り返しながら現在の横置きタイプとなりました。

2003年12月 水道水の消毒副生成物検査のための装置を導入

2003年12月 水道水の消毒副生成物検査のための装置を導入

2004年の水道法の改正(水質基準に関する省令(平成16年5月30日厚生労働省令第101号))により、飲料水の消毒副生成物の項目が追加されました。消毒副生成物とは、河川などから取水した水を塩素消毒した際に、水に含まれる有機物と反応して生成される可能性のある化学物質のことで、人体に有害とされるクロロホルム、ホルムアルデヒド、シアン化物、などを指します。人体に対して発ガン性や神経障害などの健康影響があるとされています。当社でも法改正に合わせ、消毒副生成物の検査を行うために、ガスクロマトグラフ、イオンクロマトグラフを導入し、厳密な検査を実施するための体制を整えました。

2004年01月 横浜本社ビル竣工、東京中目黒から横浜市港北区に本社を移転

2004年01月 横浜本社ビル竣工、東京中目黒から横浜市港北区に本社を移転

当社の主力製品であるヴァルート脱水機の「ヴァルート」は「うず巻き」という意味です。横浜本社ビルは「うず巻き」をモチーフに建物内部が仕切りのない螺旋状になっています。各フロアが3~4段ずつの階段で全てつながっており、下からグルグルと上っていくと全てのフロアを通ることになります。初めて来社されたお客様からは必ず「どのような構造になっているのですか?」と興味津津でご質問頂くので、螺旋状の建物内を歩いてご案内しています。新入社員も1ヶ月位は確実に迷うこの建物、皆様も是非一度お越しになって体感してください。

2007年03月 中国現地法人『安尼康(宜興)環保科技有限公司』設立

2007年03月 中国現地法人『安尼康(宜興)環保科技有限公司』設立

当社発、日本発の汚泥脱水技術を、世界のお客様に知って頂きたい、便利に使って頂きたい。
そんな思いで、成長著しいお隣の中国 江蘇省に製販拠点を設立致しました。
設立思想は、「中国のお客様のための中国の会社」。日本人スタッフゼロのオール中国体制で、賃貸工場を借りてスモールスタート。とは言っても広大な国土を誇る中国。日本の工場より3倍も大きかったですけどね。認知度ゼロ、お客様ゼロ、現地スタッフゼロ、中国でのモノづくりノウハウゼロ、という全てゼロからの無謀とも言える挑戦でしたが、現地法人社長はじめスタッフの猛烈な努力によって、今では順調に業容を拡大しています。

2008年05月 水質分析の専門サイト「水質分析.com」を開設

2008年05月 水質分析の専門サイト「水質分析.com」を開設

「より多くの方に水質検査を身近に感じて頂きたい」
こんな思いで、水質分析の専門サイト「水質分析.com」をスタートさせました。
サイトオープン後は、これまで水質検査を利用したことのない様々なお客様から多数のお問い合わせを頂き、我々も日々勉強させて頂いております。
例えば「自宅の井戸水が飲めるのか検査したい」「湧水を飲料水として販売できるか確認したい」「ウォーターサーバー販売のため、原水と浄水の比較をしたい」「自宅の水の味・においが変。安全かどうか調べたい。」「配管が腐食する原因を調べるため、水質を調査したい」などなど。
定型的な検査だけではなく、お客様のご要望に沿ったオーダーメイド検査をご提案致しますので、お気軽にご相談ください。

2009年02月 「ヴァルート脱水機 大型モデル」の製造販売を開始

2009年02月 「ヴァルート脱水機 大型モデル」の製造販売を開始

海外への輸出を始めてわかったことは、国によっては日本では考えられない規模の処理場が多数存在するということ。輸出先のお客様からも「もっと大きな処理量のヴァルートはないの?」という要望を多数頂いておりました。そこで2007年11月に従来最大モデルの2倍の処理量を目指して開発プロジェクトをスタート。とは言え「単に寸法を大きくすれば良いというような単純なものではありませんでした」とは開発スタッフの弁。ヴァルートの基礎技術を再度根本から見つめなおし、試行錯誤を繰り返して2009年2月に完成。同年7月には、南アフリカの下水処理場に1号機を納入致しました。

2009年04月 「元気なモノ作り中小企業300社」(経済産業省主催)に選出

2009年04月 「元気なモノ作り中小企業300社」(経済産業省主催)に選出

経済産業省中小企業庁が主催する「元気なモノ作り中小企業300社」は、全国各地で活躍するモノ作り中小企業のうち、独自の技術を持つ中小企業などを300社選出し表彰する制度です。
選出検討委員会によると「高い技術を持つ中小企業の中には余り知られていないものも多数存在する。この300社の企業は、全国に多数存在する、我が国の明日を支えるモノ作り中小企業の氷山の一角である。」とのこと。普段一般の方が目にすることのない機械を製造販売している当社としては、多数ある日本のモノ作り企業の中から選出して頂けたことに感謝。栄誉ある選出に身の引き締まる思いです。

2010年代

2010年11月 中国現地法人『安尼康(福建)環保設備有限公司』設立

2010年11月 中国現地法人『安尼康(福建)環保設備有限公司』設立

中国江蘇省に進出してから3年半、中国でビジネスをするうえでの課題も多数見えてきました。
私たちは新たなステージに飛躍するために福建省への工場移転を決断。これまで外部の会社に委託していた製品のパーツ作りを自社で行うための生産設備を多数導入し、約10,000m2の広大な敷地に工場を移転拡張致しました。初めて新工場の建設地に案内されたときのこと。のどかに散歩する牛の集団に遭遇、牧歌的な風景がとても印象に残っています。

2011年04月 ヨーロッパ現地法人『AMCON Europe s.r.o.』設立

2011年04月 ヨーロッパ現地法人『AMCON Europe s.r.o.』設立

当社のヨーロッパ法人は、ちょうどヨーロッパの中央付近に位置する、チェコ共和国の首都プラハ近郊にあります。これまでヨーロッパのお客様へは、日本で生産した製品を輸出でデリバリーするという形態をとっていましたが、双方の為替リスク、船でのデリバリータイムの長さ、輸送費の高さ、などなど、現地生産によって解決できる課題は多く、EU圏内での生産を開始致しました。とにかくチェコの人々は皆とても勤勉で優しく親切というのが印象的。よく、チェコスロバキアですか?と聞かれますが、1993年にチェコ共和国とスロバキア共和国に分離独立をしております。

2011年05月 「ヴァルート脱水機 アドバンスドヴァルート搭載モデル」の製造販売を開始

2011年05月 「ヴァルート脱水機 アドバンスドヴァルート搭載モデル」の製造販売を開始

2010年3月に現行モデルのウィークポイントを改善するための「ALL BRAND NEW VOLUTE計画」をスタート。この計画の成果の一環として、2011年5月にアドバンスドヴァルート搭載モデルVDCシリーズの販売を開始致しました。
VDCシリーズは従来モデルと比較し、長期間脱水能力の低下が起きにくい構造を採用、部品交換に要するダウンタイム、部品交換コストの削減を実現しています。

2015年03月 『WEX Globalフォーラム2015』にてヴァルートがイノベーションアワードを受賞

2015年03月 『WEX Globalフォーラム2015』にてヴァルート脱水機がイノベーションアワードを受賞

『WEX Globalフォーラム』はイギリスのWEX社が年に一回開く水とエネルギー事業に特化したビジネスマッチングイベントです。
このイベントは、同業界の世界中の大手企業がスポンサーになり、次世代の地球環境を担う技術の革新を促しています。
そんな中、ヴァルート脱水機開発のきっかけとなった当社の排水処理設備の維持管理時代の経験と、経済、技術的な観点において同製品の革新性を高く評価いただき、見事にヴァルート脱水機がイノベーション賞を受賞しました。
評価は当日その場で行われるプレゼンに基づいて行われますが、プレゼンを担当したヨーロッパ法人の営業部長は、「とにかく緊張したが、個人的なキャリアの中でも最も誇れる瞬間だった。」とのこと。
WEX社のMark Barker CEOからは、「ヴァルート脱水機の発明をし、その技術を『翻訳』し、見事に世界市場へ持ってくることが出来たアムコンにお祝いを申し上げます。」とコメントをいただきました。

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